世界中の音にアクセスできる私たちが、失いつつあること
– 便利すぎる世界への小さな違和感 –
スマホを開けば、世界中のあらゆる時代の音楽に一瞬でアクセスできる。さらにAIに「今の気分に合ういい感じのインディロックを作って」と頼めば、プロ並みのクオリティの楽曲が数秒で湧き出てくる時代だ。手軽で、快適で、誰も困らない。音楽は私たちの日常を潤す一つの環境インフラになった。
だが、この便利すぎる世界に小さな違和感を抱いてしまうのはなぜだろう。
音楽の追求は昔とは比べものにならないくらい簡単に出来るはずなのに、かつてないほど狭い場所に閉じ込められているように感じる。サブスクリプションの優秀なアルゴリズムは、私たちのリスニング履歴を先回りして「あなたが好きなはずの曲」を正確に差し出し続けてくれる。ユーザーをアプリに引き留めるため、未知の音を排除し予想通りの快適な音を差し出す仕組みがあるからだ。
この一見とても心地よいおもてなしは、音楽の広大な海を泳いでいるようでいて、実はAIが用意した極小のプールの中でぐるぐると回っているだけではないだろうか。このプールの中では、音楽が持つ国境や時代を超えた繋がりを意識することはない。1曲単位の消費とアルゴリズムの最適化によって、皮肉にもリスナーは分断されてしまった。
– 音楽の価値はどこにあるのか –
もし、音楽がただ「耳を一時的に心地よくさせるための記号」なのだとしたら、もう人間が作る必要はないのかもしれない。AIが生成した完璧なBGMを、私たちはファストフードのように消費し、スクロールして忘れていけばいい。
けれど、私たちがかつて音楽に救われたり、心を動かされたあの瞬間にあったものは、決してそんな効率の話ではなかったはずだ。ある時代の切実な空気から生まれた音楽に、感情の揺らぎや共感を感じ取って救われたこと。あるいは、自信を失いかけた時に聴いたパンクミュージックの圧倒的な迫力に、勇気づけられた経験。
それらはすべて、その時代の空気を吸い、傷つき、喜び、表現せずにはいられなかった生身の人間が作ったからこそ、私たちの人生やメンタリティを動かす「人間味のあるストーリー」になり得たのだ。音楽の真の価値は、ただ消費される音そのものではなく、今鳴っている音の向こう側にルーツやドキュメンタリーを感じ、自分の肉体を共鳴させるという知的な冒険の中にこそある。
– 効率化の先に行き着く本当の価値 –
これからの時代、音楽は消費するものとしてさらに加速していくだろう。それは止められない時代の流れだ。しかし、どれだけ消費の効率化が進み、AIが効率的に耳を満足させようとも、それを聴くのが「生身の肉体と心を持った人間」である限り、私たちは音の向こう側にある価値を探すことをやめることはないだろう。人間が創造する生きた音楽の本当の価値を信じたい。
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