THE INVISIBLE BORDER

なぜ国内で「オルタナ」と「ポップパンク」は交わらないのか

 日本の洋楽インディーズシーンを俯瞰したとき、長年議論されることのない不自然な境界線が存在する。

 日本には、NirvanaやRadioheadのような『RAW & EDGE』なオルタナが好きな人はたくさんいる。けれど、Green DayやBlink-182のような『HYPER & ENERGY』なポップパンクが好きな人はそれほど多く見かけない。さらに言えば、この両方を「同じ質の最高のギターサウンド」として地続きで楽しんでいるリスナーには、日本でほとんど出会うことがない。感じるものは全く一緒のはずなのに、なぜ日本ではこれほど交わらないのだろう。

 日本においてオルタナは、どこか腕を組んで深く内省しながら聴く崇高なもの。対するポップパンクは、底抜けに明るいスクールカーストのノリとして処理されがちだ。さらに日本には独自の巨大なフェスやメロコアの文化があるため、ポップパンクというジャンルが洋楽のストリートの歴史から切り離され、みんなで大騒ぎするためのエンタメツールとして隔離されてしまった。この「脳内カースト」の壁が、交わらない原因なのだと思う。

 思えば、90年代から00年代にかけて国内の洋楽メディアが構築した売り出し方こそが、この分断の最大の原因だったのだと今になって気づかされる。

 当時多くのリスナーが貪り読んでいた洋楽音楽雑誌には、独特の「NGライン」のような空気があった。OasisやWeezerの哀愁には文学的なごたくが用意されて神格化されるが、Good CharlotteやNew Found Gloryになると、ただの「ティーン向けの商業パンク」として、どこか一段低いもののように扱われていた。つまり、日本のメディアが作ったキャラクター情報に、私たちの耳まで勝手にハックされていたのではないだろうか。

 しかし、メディアやフェス文化が引いた不自然な境界線に囚われる必要はない。何の忖度も記号の壁もなく、ただ等身大の熱量でプレイリストを並べ直す。それこそが、このサイトでオルタナもポップパンクも、同じストイックな佇まいでストックしている理由だ。

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